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08 抱きしめて


ちょっと今は具合悪かったことしか思い出せないので、久々に10のお題から。



これも結構迷走しまして。
期間を開けに開けてなんとか締めたものなので、話の方向性とか諸々定まってない感が否めません。…いつもか。
最大の汚点は、お題にほぼ沿ってないってところですよね!あは!……。ゴメンナサイ。
でも、個人的には割と気に入ってるんですよ。キャラとか。名前ないですけど。



中盤辺りに半端な認識で書いてしまっている部分があるのですが、
もしも不快感やお気に障ることがありましたら、申し訳ありません。
これに関しては、苦情を頂いても致し方ないかと思います。


とは言いつつも、先の通り、自分の中では気に入っているお話なので、
よかったら読んでいただけたらなと思いますです。はい。






08 抱きしめて



今着ている服も、今座っている布団も、今見えている景色も、彼女から与えてもらったものだ。
食べ物も、お風呂も、電気も、顔を洗う水も、彼女が分け与えてくれた。
だから、わたしはこれ以上何も望まないし、望んではいけない。
彼女のすることに干渉もしない、邪魔もしない。
彼女の望みに極力応えるのは、わたしの"義務"であり"仕事"だ。
与えてもらった部屋でこうして息を潜めているのも、その一環。

『やめてよ、外で始発待つのは可哀相だから入れてあげただけよ』
『その優しさをもうちょっと傾けてくれると嬉しいんだけど?』

朝方になって帰ってきた彼女は人を連れてきた。顔は見てないけど、たぶん、お店の客とかじゃない、若い男。
わたしの部屋と彼女の寝室を隔てる薄い壁を通して聞こえる会話が、無意味なことを考えさせる。
そんなことが分かったところで、部屋に乗り込んで男を追い出すなんてことはできない。
わたしにできるのは、何も感じずに、男がさっさと帰るのをひたすら待つことだけ。

『隣の部屋、人居るの』
『何、同居人?女?』
『手、出したら、ホントに怒るからね』
『じゃぁ、そんな気無くなるぐらい満足させてよ―――』

このアパートの壁は、本当に薄い。本気で殴ったら、穴でも開くんじゃないだろうか。
もう何ミリでも厚くしてくれたら、声は聞こえても、スプリングの軋む音ぐらいは聞かずに済むのに。



他の住人の迷惑も考えずに、男は大きな音を立ててドアを閉めて出て行った。
それを確認して、わたしは四度深呼吸をしてからキッチンへ向かった。
そして、水切りをしておいたコップに冷蔵庫から出したミネラルウォーターを入れ、それを口実に、疲れているだろう彼女の部屋に入り込んだ。

「ん?あぁ、ありがと」

薄い毛布一枚を掛けてベッドに寝そべっていた彼女は持ってきた水に釣られるように、且つ気だるそうに身体を起こした。
何も言わずにそれを渡して、まだ生暖かいベッドに腰掛ける。

(・・・・・・きもちわるい)

色んな臭いが混ざってる。全部わたしの嫌いな臭いだ。窓を全開にしたい。全部、全部、吐き出したい。
ここにあるのは、一つだけでいい。

「どうしたの」

コップの中身を一気に飲み干した彼女が問いかけてくる。
わたしはいつものように首を振って、「別に」と言った。
彼女もそれに続いて、いつものように溜め息を吐いて「そう」と言った。

「ちゃんと寝た?」
「・・・うん」
「ウソ。目、赤いよ」

そう言いながら彼女はわたしの頬に手を添えて、優しく自分の方へ顔を向けさせた。
確かにわたしは嘘を吐いたけど、目が赤い理由はそれだけじゃないよ。
あなたはその瞳で、見透かしてくれてるの。

「眠れなかったの?」
「・・・、うん」

眠りたくなかった。あんな状態で寝たら、またどんな悪夢を見るか。
自分が殴られる夢より、よっぽど酷かったと思う。
そう思ったら、眠ることすら怖かった。

「じゃぁ、今から一緒に寝よっか」
「ぁ・・・」

添えられた手に少しだけ力が入って、そのままベッドに倒された。
わたしに覆いかぶさった彼女は、そのせいで唯一自分の身体を隠していた毛布も落とした。
真実、一糸も纏ってない彼女の身体が、暗い部屋の中で早朝の光に妖しく輝く。
懲りもせずに見惚れてしまいそうになるのを必死で我慢して、わたしはようやく二語以上の言葉を発した。

「一緒に"寝る"だけじゃないの」
「いろんなイミでね」

そう悪戯っぽく笑った彼女がわたしの首元に顔を埋めようと沈んでくる。
その瞬間、あの、男の人独特の臭いが鼻を衝いた。

「・・・・・・っ!」

反射的に自分と彼女の間に腕を入れて、それ以上の進行を拒んだ。

「あ、ごめ・・・なさ・・・」

自分の制御外の行動だったせいで、彼女の驚いた顔に返す言葉が見つからない。
どうしよう、怒られる。

「なに、もう眠い?」
「・・・そう、眠い」
「なんでウソ吐くの」
「な・・・ッ」

どうしてこの人はこう、いつもわかりきった質問をするんだろう。
それに合わせて嘘を吐くこっちの身にもなってほしい。間髪入れず見破られると、誤魔化す余裕もない。
最初に会ったときもそうだった。

『こんな時間に、こんな所でどうしたの。トモダチ待ち?』
『・・・うん、そう』
『ウソ。トモダチ待ってる子は荷物も持たずにそんな顔して座り込んだりしないでしょ』

なんだ、この人は。と思った。
だって、そう言ってわたしを覗き込んだ顔は、人を引っ掛けたにしては全く悪びれた風がなかったから。
ただただ、あんな夜の街を歩くには不似合いな笑顔を浮かべていたから。
どうしようもなく、追いかけたくなった。
だからわたしはここに居て、彼女の傍に居ることを願ってきた。その為なら、どんな我慢もできると思った。
なのに。

「どうしてっ・・・」

わたしに願いを与えたあなたが、それを壊そうとする。

「こうしなくちゃ、ここには居られないからっ」
「ウソなんか吐かなくたって、ちゃんとここに居ていいよ」

優しく、手の輪郭も感じさせないほど優しく、頬を撫でられる。

「――――――・・・・・・」

泣きたくなるほど、苦しくなった。
やっぱり、ダメだ。わたしはこんなに、与えられてばかりだから。

「お願いだから、もう試さないで」

わたしは望んではいけない。でもこれは、これ以上を望まないための"願い"だから。

「試すような質問で、ほんとのこと、探らないで・・・」

彼女の手に自分のそれを重ねて、そっと下ろさせた。

「こうでもしなきゃ、本音を言わないからでしょ」
「わたしの本音なんて、どうでもいいよ」
「どうでもよくない。して欲しいこと、嫌なこと、言ってくれなきゃ分からない」
「言えないよっ!」

彼女を押し退け、わたしはベッドから離れて背を向けた。
「言えない」と言っておきながら、身体はしっかり拒絶していた。
まだ、臭いがする。

「こんなっ、こんなにいっぱいもらってるのに、これ以上なんて、ダメだよ・・・!」

ここに居ることを、いつか自分でも許せるように。ちゃんと"義務"を果たさなくちゃ。
そう言い聞かせていなければ、密かな想いが溢れてしまう。

「私は、きみを"奴隷"にしたつもりはないよ」
「わかってる・・・っ」

そんなの、わかってる。
だから、わたしはこんなにも、必死なんだ。
あなたに嫌われてしまわないように。
あなたに捨てられてしまわないように。
あなたに。
いっそ、"奴隷"にされた方が楽だ。
自由なんていらない。ここ以外に、行く場所なんてないのだから。

「それに、私だって、ちゃんともらってるから」
「!」

不意に、背中が温かくなった。そこから、じんわりと体中に染みわたる。

「だから、お相子」
「わたしはっ、なにも・・・っ」
「もらってるよ、見えないものとか、言葉にできないものとか、そういう大事なもの」
「わかん、ないよ」

そんなこと言われても、わからないよ。結局、わたしは何もあげられてないんじゃないの?
信じられないよ。だって、その言葉だって、やっぱりあなたの優しさじゃないの?
あなたの言葉は、いつだってわたしを悩ませる。

「なら、きみのことをたくさん話して」
「え?」
「好きなもの、嫌いなもの、何を見て、何を感じたのか。思ったことを聞かせて。私が今欲しいのは、それだけ」
「だから、それはっ」

言えない。そう言おうとしたら、視界が回って、綺麗な彼女の体が一瞬だけ見えて、暗くなった。
柔らかさが一段と伝わってくる。彼女の心臓の音も、こんなにも近くに。

「私は、もっときみを知りたい。だから、なんでも言って。それできみを嫌いになんてならないから」
「――――ッ」

"嫌いになんてならないから"

あぁ、見透かされた。醜いほどに縋っていた自分を。見透かしてくれていた。
あなたの言葉は、いつだって知らないうちにずっと奥の方を温めて、だからわたしを悩ませる。
そっと、静かに、息遣いも聞こえないくらい、ひっそりと。

「ていうか、ウソツキと一緒になんて居たくない。ホントのこと言わないと、追い出しちゃうからね?」
「っんなの・・・ずるい、よ」

ごめんね、とやはり悪びれることなく謝る彼女の体に腕を廻した。
手が肌に触れると、冷たかったのかくすぐったかったのか、あるいは両方なのか、彼女から小さく色っぽい声が上がり、鼓動が速くなった。
頭を彼女の胸に預けると、鼓動が心地よく響いた。

「ほんと、だよ?」
「ん?」
「キライにならない?」
「ならない」
「ほんとだからね?」
「ホントに」
「・・・・・・」

あぁ、なんて安心感だろう。すべての力が抜けて、瞼すら重くなった気がする。

「・・・キライなもの、たくさんある」
「たとえば?」
「ひとりきりの夜も朝も、薄い壁も、スプリングが軋む音も、生温いベッドもキライ。タバコとか香水の臭いも、あんまり好きじゃない」
「うん、他には?」
「知らない人がこの家に入ってくるのも、誰かの匂いを付けたあなたも、・・・あなたが誰かに触れられるのは、いちばん大キライ」

どうしてだろう。こんなことを言って愛想を尽かされるのがあんなに怖かったのに。
今は、あなたに分かってほしくて。もうそれだけで。止め処なく言葉が溢れてくる。
だってこれは、ずっと思ってたこと。彼女に会う前からずっと、心の奥にしまっていたモノだから。

「全然、ちがうのに、おかあさんみたいに、見える、から」
「お母さん?」

余計なことまで口をついて出る。あなたのせいだ。
それとも、今まで何も訊かなかったのは、こうなることすら謀ったからなの?

「お父さんは、気付いたらもう居なかった。もしかしたら、最初から居なかったのかもしれない」

記憶にあるのは、鏡台に座って厚化粧をするお母さんの後姿だけ。

「お母さんも、夜の仕事をしてる人だった。わたしが起きてる時は大抵寝てるし、夕方には起きるけど支度で忙しくて、ろくに話しもしないで出かけてった」
「そう・・・」
「たまに、『どこかに行こう?』って言えば、100円玉を握らされて家を追い出されたし、『お腹が空いた』と言えばシリアルを突き出された」

思えば、どうしてそこで気が付かなかったのか。
自分は、愛されてなどいないと。

「『お母さん』って呼んでもっ、ちゃんと返事してもらったことないし・・・、何度も呼ぶと、力いっぱい、ぶたれ、て・・・っ」

少しだけ抱きしめられる力が強くなったのが分かって、もっと泣きたくなった。
でも、今泣くと、彼女の体を冷やしてしまう。ダメだ、泣いたらダメだ。
だけど、こんなにも温かい腕が冷たくなることなんてあるのだろうか。

「だから、がまん、したんだよ?わがまま言わないようにしたし、邪魔にならないようにしたし、すぐに寝られるように、ふとんも敷いてあげたよ・・・?」
「うん、エライね」
「そしたら、誉めてもらえるかなって。頭、撫でてもらえるかなって。でも、ぶたれる回数が増えるばっかりで」

あの人の手に、温もりを感じたことはなかった。恐怖と熱だけが、あの掌には篭っていた。
そして、その手はとうとうわたしを突き放したんだ。

「そのうち、お母さんはよく同じ男を家に呼ぶようになった。あの日、学校から帰った時も玄関に男の靴があって、静かに隣の部屋に居たら壁の向こうから声が聞こえた」

―――あの子、もういらないのよね―――

その時の臭いは、今も鼻腔の奥にこびりついて離れない。
それを振り払うように家を飛び出して、階段を駆け下りて、当てもなく走って、走って、走った。
殴られても面倒臭がられても、必死でしがみついていたあの場所を、あの一瞬でわたしは手放したのだ。
そんな、風船を取り逃したような心でフラフラと街を彷徨っているときに、優しい声を降らせてくれた人。
少し、ほんの刹那、お母さんが迎えに来てくれたのかと思った。
だから、差し出された手を取るのを躊躇って、それでも思わず伸ばしてしまった。
だけどその手はすり抜けず、ちゃんと握り返してくれたんだ。

「お母さんの手なんかよりずっと柔らかくて、あったかくて、全然ちがくって、なのにどっか似てて、でも正反対のこと言うから、すごく、困って」
「そっか。・・・お母さんのこと、好きだったんだ」
「!」

思わず彼女から半歩後ずさった。
抱きしめられる力に逆らって半ば無理矢理離れたというのに、彼女の腕はわたしを放さなかった。

「すきなわけ、ないっ!あんな人、なんで・・・!」
「好きじゃなかったかもしれないけど、嫌いでもなかったでしょ?」
「嫌いだった!ずっとずっと嫌いだったっ!」
「好きだったお母さんから欲しくてももらえなかったものを、お母さんに似てる私がくれるから困ってる、違う?」
「ちがうってばッ!!」

顔を俯かせたのは見上げる首が疲れたわけじゃなくて、瞳を瞑ったのは映る彼女の白い肌が恥ずかしかったわけでもなくて。
ただ、コワくて、認めたくなかったから。

「嘘はだめって言ったでしょ?」

彼女の両手がわたしの頬を包み、そっと顔を上げさせる。
それに合わせて自然と瞼が持ち上がるけど、彼女でいっぱいの世界は少し滲んでいた。
あぁ、わたしは今、みっともなく泣きそうな表情をしてるんだろうか。

「だって・・・っ」

分かってた。気付かずにはいられなかった。
この人を追いかけたくなった理由も、傍に居たかった理由も、嫌われたくない理由も。
ひとりきりの部屋が嫌いなのも、薄い壁が嫌なのも、生温い空気、タバコと香水といろんな臭い全部に嫌悪するのも。
それでも繋げてしまいたくなかったから、目を背けた。

「お母さんは、わたしがお母さんのこと嫌いだったからわたしを嫌ったんだよっ?わたしが先に嫌ったの、だから・・・そうじゃなきゃ・・・」

そう思っていなくては、絶望してしまう。
一番濃く血の繋がった人に、全身で嫌われた。
その事実を受け止めるには、この心はあまりに幼くて。
だから、因果応報だと思いこみ、逃げ出して、でも、その先で魅かれたのはお母さんに似た彼女で。
この人なら、受け入れてくれるんじゃないかと思えた。この人に受け入れられたら、救われるんじゃないかと。
だけど、同じような部屋で、同じような生活をして、同じような仕草で、同じような匂いをさせて。
それは、思っていた以上に似すぎていて。

「あなたまで、わたしをきらいになる」

ヒドイことをされても、これが親という存在なのか、嫌いにはなれなかった。
逃げ出したところでそれは変わらなくて、せめてあの人に似た彼女の傍に居たくて嫌われないようにして。
なのに、一緒に過ごすほどにどんどん共通するところが見えてきて、そのうち同じ結果になるような気がしてきた。
タバコや香水の臭いがする度にそのことが頭を過って、否応なく『いらない』と言ったお母さんの声が響いた。
でも、あの人とはちがう。この人はわたしを殴ったり追いやったりしない。
何より、わたしはこの人が好きなのだから。あの人は、わたしが嫌ったからわたしがいらなくなったんだ。あの人の時とはちがう。
そう思っていたかった。だから認めたくなかった。お母さんを、好きだったこと。

「"好きな人に嫌われる"のは、もう、ヤだ・・・」

彼女の体を冷やすまいと我慢していたものが溢れだす。
泣きたくなかったのに。めんどくさいって思われる。きらわれる。いらなくなる。
こわい、こわいよ、こわくて、尚更涙が量を増す。
あなたにまで"いらない"と言われたら、どうしたらいい?
二度も自分に言い聞かせられるほど、わたしはデキてないよ。

「っねが・・・、ひっ・・・きら・・ぃで・・・っ、やら・・・ぅっ」
「ね?ねぇ、ほら、私見て?」

溢れ続ける涙を親指の腹で拭われながら、なんとか彼女に焦点を合わせる。
彼女もわたしをじっと見ていて、自然と視線が絡み合った。と、思った瞬間。

「ひたッ!?」

添えられていた手で、今度は思い切り両側から頬を抓られた。
え、ちょ、ほんとに痛い。

「ひらぁ!ひらひよっ!」
「おかげで、目、覚めたでしょ」

何を言っているのか。わたしはさっきからちゃんと起きて、話までしてたじゃないか。
理不尽な言いがかりに軽く怒りを覚えていると、彼女がパッと指を離した。
ヒリヒリする頬を丁度よく冷えた手で擦りながら、助かったと安堵していたのも束の間。

「て、いう、かッ!!」

腰に回した腕に力が込められ、掛け声のリズムに合わせて、なぜかベッドに投げ飛ばされた。

「ぅぐっ・・・!」

ばふっ、と盛大にスプリングを軋ませてベッドに埋もれる。
一体なんなんだと、少しクラクラする頭に手をやって体を起こそうとしたが、それも肩を押さえつけられて叶わず。
開きかけた口も、彼女のそれに塞がれた。

「んっ!?」

別に初めてではなかったけれど、こんな風にいきなりというか、強引にキスをしてくることなんて今までなかったから。
少しビックリして、少し怖かった。
わたしはやはり、彼女を怒らせてしまったのだろうか。
そう思ったらまた泣きたくなって、体から力が抜けた。
すると、彼女もふっと力を抜いて唇を離す。

「・・・・・・ぁ」

視線の先の彼女は、確かに怒っていたのだけど。なぜかそこに恐怖は感じなくて。
これは、わたしが嫌いだから怒っているんじゃないんだ、きっと逆なんだと、なんとなくわかった。

「人の話、ちゃんと聞いてたの?」
「え?」
「何度も確認したでしょ。『嫌いにならない』って、言ったはずよ?」

強張った表情の向こうで悲しそうな瞳をするから、気管をきゅっと握られたみたいに苦しくなった。
反面、彼女がそんな顔をしてくれていることがとても嬉しいだなんて、どうかしてる。

「私はお母さんにすっごく似てるのかもしれないけど。違うから。私は、きみのお母さんじゃないから」

大丈夫、きみのお母さんとは違う。
呪文を唱えるような口ぶりでそう諭し、こつんと額と額をくっつけた。

「むしろ、それでもいいの?」
「え・・・?」

突然、彼女の方が、子供が怯えたような、不安そうな目でわたしを見つめてきた。
それから、おずおずと言った。

「私がお母さんに似てたから、きみは一緒に居てくれたんでしょう?」
「――――・・・」

あぁ、そうだ。確かに、似ていたからここまで来たんだ。
けど、彼女がお母さんとちがうことは最初からわかっていたし、同じ人間であるはずがない。
もしもそこまで同一視してたら、逆に一緒には居られない。だって、それこそ傷付きに行くようなものだ。
しかし、どうやら彼女は、わたしが完全に自分とお母さんをダブらせた上でこの家に居るのだと思っているようで。

「っは、あは、ははは!」
「・・・なんで、笑うの」

焦点が合わないほどの近さでも、あからさまに口を尖らせた彼女の愛らしさがわかる。
それもおかしく思えて、なかなか笑い虫は治まってくれなかった。

「や、ははッ、だってさ、そうなんだけどっ、さすがに、自分を殴るような人のところには行かな、くく・・・っ」
「そういうことじゃな・・・!」

がばっと体を起こした彼女の不意を突くように首に腕を回して、触れるだけのキスをした。

「わかってる、ちゃんとわかってるよ。でも、別にわたしは、あなたにお母さん代わりになってほしいわけじゃない」

わたしはもう、一度ソレを捨てているから。今更、同じものがほしいだなんてことは言わない。
結局、世界中どこを探したって、同じものなんてないんだから。

「お母さんに似てたことは、ただのキッカケ。ここで過ごしてる間、わたしは"お母さん"じゃなくて、ちゃんと、"あなた"を見てたつもりだよ」

だから、彼女がお母さんとは違うと再認識させられたところで、見失ったりしない。
もう二度と、手放したくないんだ。

「そっちこそ、人の話聞いてた?」
「えっ・・・」

さっきの彼女の言葉を真似て、これを改めて口にすることへの羞恥心を紛らわした。

「わたしは、"お母さんに嫌われる"のがイヤだったんじゃなくて、"好きな人に嫌われる"のがイヤだったの」

わかった?と少し睨みを利かせるけれど、頬の紅潮はどうすることもできなかった。
彼女は一瞬、驚いたように瞳を大きくしたけれど、そんな様子のわたしを見ると「あぁ」と目を細めて笑った。

「うん、ごめんね。それぐらいの分別はつくよね。軽くショックで、変なこと言っちゃった」
「どういうこと?」
「別に、私自身を好きになってくれたわけじゃなかったんだ、って。嫉妬、かな?」

ぽすん、と身体半分わたしに覆いかぶさって、彼女もベッドに倒れた。
耳のすぐそばに彼女の息遣いを感じながら、お母さんにまでやきもちを妬いてくれるのは嬉しいけど、と呟いた。

「す、"好き"だなんて言ったことないよ?」
「雰囲気で分かるものよ?そうじゃなきゃ、手を出したりしないしね」

力なく放り出されていた手に、彼女の指が絡みついてくる。
一本一本の指がゆっくりと丁寧に、焦らすように、からかうように。握るかと思えば緩く解けて、また絡まる。
体温と心拍数を平常に戻そうとそっちに気を逸らしてみたけれど、彼女の細くて長い指は、その動きだけで艶めかしさを漂わせた。

「なら聞くけど」
「・・・ぅん?」
「初めて私とシたとき、本当はイヤだった?」

強いのか弱いのか、曖昧な力で握られた手から、真横の彼女へ視線を移す。
またそうやって、わかりきった質問をするくせに。どうして今度は、少し自信なさげなのだろう。

「確かに、あなたに気を遣ってたところはあるけど」

痛みを感じさせない極限まで力を込めて、手を握り返した。

「わたしには、生きるためでも、好きでもない人に身体触らせられる覚悟はないよ」

長い間こういう感情を持ったことがなかったから、微笑にも満たない笑みしか向けてあげられなかった。
こんな、今のわたしの精一杯で伝えられたのだろうかと不安に思っていると、彼女はまたわたしの顔の横に手を突いて体を起こした。
はらりと長い髪が耳から流れ落ち、ふわりとシャンプーの香りが広がる。
―――この匂いは、いいな。

「"私"のこと、すき?」
「・・・・・・すき」

そう言うと彼女も笑って、髪が頬を掠めて、柔らかく言葉を奪われる。

「私もすき」

もう一度唇を重ね、ぎゅっと抱きしめられた。
少しだけ苦しくて、少しだけ切なくて。

とてもとても、しあわせだった。



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2009年12月17日 | [10のお題]祈る | コメント 0件 | トラックバック 0件 | トップ

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